はてブ欲しいな…とか思っていた私だけど、実は、本当はビビっていて、自分が気軽にDisっていることから考えると、いつか、それが一気に反流する可能性もあることを考えると、怖い。多分、トップエントリーに入ったりしたら、悶死するだろう。

先日書いたエントリ。

  • アフィリエイトの嫌いが過ぎる、拒否反応に近い気がする。 - 伝外超スデメキルヤ団劇

その中で題材となったエントリの『はてなブックマークのはてなブックマーク』↓

  • はてなブックマーク - はてなブックマーク - 母親が純と愛とジャニーズとテレビと政治のせいで自殺した - 玖足手帖

多分、ここが伸びるということは、やはり、件のエントリは根が深く、そして、それが『呪い』だとしたら、確実に聞いているだろう。昨晩から、ずっと、それを考えている。それらを整理するために、今までの人生の中で『死』というのを振り返ってみる。

今現在。

自分にも起こりうることと、後、近い未来にビビっている。『呪い』は、確実に、効いている。

昨年。

祖父が他界した。

社会人時代。

事故、病気、自殺、と三つの死を経験した。その詳細は、まだ語れないけど、「葬式慣れ」という感覚を知ったのは、この頃か。

大学・大学院。

中学まで一緒だった友達(と言えるかどうか分からないけど)が死んだ。お通夜で、棺桶の前に立つと、膝がガクガクとなった。丁度、劇団ヤルキメデス第1回公演だったハズだ。

高校。

思い当たることがなかった。忘れているだけかも知れない。

中学校。

阪神大震災があったし、「元気やでっ!」がジャンプで連載していて、いじめによる自殺とかが、社会的に問題になっていた(詳しくは覚えてない)。オウムの事件があったのも、この頃か。

小学校。

父方の祖父母が他界した。人工呼吸器などが使われて、人が死にゆく様を初めてみた。小学生の時に作っていた秘密基地。そのグループで秘密裏に飼っていた野良猫が死んだ。寒さによるモノだったのかも知れないが、詳しいことは分からない。

小学校以前。

詳しいことは覚えてない。ただ、『死ぬ』ということがどういうことか知った時。夜眠るのが怖かった。寝て、目が覚めなかったら…とか、死んだら気持ちや心はどうなるのか?ということを考えていた。

終わります。

本当は、それぞれの時代を象徴するアフィリエイトリンクを挿入しようかな?と思ったけど、書く段階で、心が折れた。よくよく考えれば、アフィリエイトリンクを本文中に使うことと、「稼ぎたい」という気持ちは、ちょっと違う。結果として稼ぐ可能性も、稼ぎ出す金額も、ちょっと違う。

アサマシエイトなんて言葉もあるけれど、「ステマ」とゴッチャになって、「アフィリエイト」というだけで、嫌悪感を覚える層は、今後も、生まれ、そして、死んで、また生まれて行くだろうから、この部分で心を煩わせることは、永遠に空気を殴り続けることに近い気がした。

終る。

結局、彼を知っている人と、知らない人で、読んだ感想が変わるのは仕方がないのかも知れない。事実だと思うには、色んな方向から、ショッキングな記事だった。遺書小説が、この先、50年くらい完成しない超大作になることを願うばかりです。